どんな状況でも食えるヤツは強い。
この夏にテレビで100kmマラソンを見ました。
チャリティ的なヤツじゃなくて、その裏の27時間的なヤツ。
必要以上に休憩を取らずに100kmを走ると何時にゴールできるかという試みでした。結果的に前日の夜19時か20時にスタートをしたランナーは一番早い人で、次の日の正午過ぎにはゴールできてましたね。
途中、複数人はリタイアとなりましたが、走りきったランナーには感動をいただいたと思います。
走るって地味ですけど、距離が長くなればなるほど感動の伝播は大きいですね。
それはなんというか、走ることの”しんどさ”を誰もが共感できるからこそ、ランナーに感情移入して、疑似体験をしてるからだと思いますね。
走りきった達成感、途中棄権した悔しさ等の全て感情を受け入れやすくなってる気がしました。
ワタシはマラソンは門外漢ですが、ランニングをする端くれとして、改めて勉強になったことがあります。
100km走るにはエネルギーの補給が必須
その、100kmマラソンは夜間は10キロ、日中は5kmで休憩が入るように設定されてました。
ランナーはそこでコンディションを整えます。火照った体を冷やす人、トレーナーからストレッチやマッサージを受ける人、水分補給をする人、食事をする人。
この中で、長く走れば走るほど難しくなることがあって。
それは、食べる事。
100kmを走ろうには、エネルギーの定期的な摂取は必須条件。
しかし、満身創痍になればなるほど、喉を通るのは水分や栄養補給のゼリーになっていく人が多くなります。
そんななか、どれだけ走ってきても休憩時に食べ物を口に運ぶ人たちが印象に残りました。
うどん、バナナ、おにぎり等、味わうよりもエネルギーの補給として食す。
なんとなく、生きるために食べるという言葉がピッタリな感じです。
結果、100kmをゴールできた人たちの多くが、休憩時間にしっかりと食べた人たちでした。
結局、何があっても食えるヤツは強い
このマラソンから学んだことは、どんな状況でも食えるヤツは強いって事です。
ワタシたちの日常生活の中で置き換えたとすると、心配事があっても、緊張していても、不安があっても、悲しいことがあっても、食えるやつは強いんです。
逆に言うと、自分がどれだけ満身創痍や不幸な状況にあっても、「とりあえずご飯食べよ」という気持ちがないと生き残れないんだと思います。
前に「不幸が来る順番」というタイトルでブログを書いたことがありますが、これと似たようなことですね。
人間に一番悪いのは腹が減るのと寒いこと。
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