随分前の冬の話ですが、朝のラッシュ時の乗換駅にて、ホームから改札へ降りる階段がかなり混んでいたので、人が空くのを待っていたところ、ワタシの斜め前に立っていた人が倒れたことがありました。
なんかフラフラしてるなぁと思っていたら、バタンと目の前でバランスを崩したので咄嗟にその人の体を抱きかかえました。
抱きかかえた後、ゆっくりと地べたに二人で座り込み、その人の体をワタシに委ねさせたまま意識があることを確認。ホームに待機している駅員を呼び、救護の手配をお願いしそのまま駅員に引き継ぎ、ワタシは会社へ向かいました。
ワタシはちょくちょくこういった場面に遭遇します。その度に、なんだか「試されている」ような気になり無視はしないようにしています。別段、心優しい人間ではないので、毎回人助けの難しさを痛感しています。
もし間違いだったらどうしようとか、大きなお世話ではないかとか、一歩踏み出すのに躊躇する材料は山ほどあるから、具合の悪そうな人や困ってそうな人を見ても自分から率先して人助けをするのに尻込みする人がほとんどでしょうし、それが絶対悪いとも思わないですね。誰もが同じ気持ちだと思います。
まず誰かに知らせる
つい先日の朝の通勤時も、地下鉄の駅近くの通路でフラフラと辛そうに壁にもたれてる人を見かけました。かなり早朝で人通りがなかったこともあり、その人に対して若干の怖さを感じる人が多いためか、素通りする人がほとんどでした。
ワタシも目視で存在を確認しましたが出勤を急いでいたので、一度はスルーしましたが、やはり気になりましたので地下鉄の駅員さんに「通路でしんどそうにされている人がいますので、声を掛けてあげていただけませんか?」とお願いして代わりに対応していただき、ワタシは会社へ急ぎました。
この一件で、人助けって別に自分が率先して行う必要もないのかなぁという答えに辿り着きました。
人助けの本質は、「具合の悪い人や困っている人が助かればいい」話なので、直接的に関与することに尻込みしても、間接的に関与すればいいのではないだろうかと。
ワタシは駅員さんに知らせて対応をお願いした。見て見ぬ振りせずに今の自分に出来ることをやったと。近くにいる人に知らせることも立派な人助けだと思いませんか?
だから、人助けはまず誰かに知らせることから始めてみてはどうだろう。
また、知らせる人は制服を着ている人がベストだと個人的には思います。警察官や駅員さん、店員さんなどなど。最近では迷子にも下手に声を掛けれない世の中です。だからといって、誰かに委ねるにしてもしっかり身元が分かる人に引き継がないと安心もできませんから。
制服を着ている人だと少なくとも職務の一環として責任を持って引き受けてくれますから。
人助けはしゃしゃり出ず、手柄を取ろうとせず、できるだけ目立たずに。
をモットーにこれからも見て見ぬ振りはしないよう努力します。
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