ミスしたときの「軽やかさ」
ミラノ・コルティナ冬季オリンピックが始まって数日。
超早起きなので、最近は競技の映像を見る機会が増えました。
先日見ていたのはスノーボード。
空中での回転やひねりなど、見ているだけでも難しさが伝わってくる競技です。
選手たちは次々に高難易度の技に挑戦します。
練習を重ねて来たスキルをオリンピックで披露する。
しかし、それを挑戦と表現する。
つまり、成功が約束されているわけではないからだろう。
なんかこういう謙虚な姿勢が素晴らしいと思う。
そして、印象的だったのは、
挑戦して技が成功しても、失敗しても、
多くの選手の表情がとても明るいことでした。
悔しさはあるはずなのに、どこか軽やか。
失敗そのものに押しつぶされていない感じがありました。
「挑戦したこと」自体を受け止めているような、
そんな空気があります。
その様子を見ていて、
いいなと思ったのです。
失敗を重圧として抱え込むのではなく、
挑戦の一部として受け止めている。
あの軽やかさは、とても魅力的に見えました。
ワタシはサッカーをしていたので、少し違うんですよね。
団体競技では、一人のミスがチーム全体の結果に影響します。
だからこそ、ミスをした時は簡単には笑顔を見せることはできませんでした。
責任の抱え方が異なりますよね。
でも、だからといって重たい空気のままでいいのかというと、
そうでもない気がします。
そんな時は、周りのメンバーの反応で救われたことが多かったです。
「気にすんな!」とか「切り替えて!」とか。責めるのではなく、切り替えを促すような空気をつくる。
ミスした本人が軽やかでいられない分、
チームメイトが軽やかさを保つ。
それが団体競技の強さなのかもしれません。
個人競技と団体競技。
同じ「ミス」でも、意味も重さも違う。
そしてこの違いは、
スポーツだけの話ではないなと感じました。
社会の中でも同じです。
個人で完結する仕事なら、
挑戦して失敗して、またやり直せばいい。
でも、誰かと関わる仕事では、
一人の判断が全体に影響することがあります。
そんなとき、
ミスした本人だけに軽やかさを求めるのは難しい。
だからこそ周りの態度が大切になる。
責任を共有するというのは、
結果だけではなく、
気持ちの持ち方も含まれているのかもしれません。
オリンピックを見ながら、
そんなことを考えました。
競技の迫力だけでなく、
人の在り方まで見せてくれる。
スポーツはやっぱり面白いです。

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